当たり前のことを、どれだけストイックに続けられるか/『超一流になるのは才能か努力か?』アンダース・エリクソン、ロバート・プール、土方奈美 訳

 

超一流になるのは才能か努力か?

超一流になるのは才能か努力か?

 

一般的に、何かが「許容できる」パフォーマンスレベルに達し、自然にできるようになってしまうと、そこからさらに何年「練習」を続けても向上にはつながらないことが研究によって示されている。

 どうですか?この文章、衝撃受けませんか?私は受けました。それはもう、雷に打たれたかのごとくね。

信じられます?例えば、10年20年とやってるベテランのお医者さんと、数年かそこらのキャリアしか積んでいないお医者さんの手術の腕はそんなに差がないってことなんですよこれ*1。もしかしたら、ベテランのほうが腕が劣っている可能性すら指摘しています。

なぜそんなことが起こるのか。エリクソン氏は、「目的のある練習」もしくは「限界的練習」を積んでこないからだと述べてるんですね。

じゃあその2つって何なんでしょう?順に追ってみましょう。

 

まず、「目的のある練習」についてです。

特徴としては、

 

はっきりと定義された具体的目標がある 

最終的な目標を定めて、それを達成するために小さな目標も立てていきます。 

 

やるべき作業に全神経を集中

100%全力を出し切って望まないと、大した成長は見込めません。 

 

フィードバックが欠かせない 

どこでつまずくのか、この練習方法は今の自分に合っているか、もっと改善すべき点はあるかなど、気になった点は修正を試みます。 

 

自らをコンフォート・ゾーンの外へ追い立てる 

自分の限界の少し上の負荷をかけ続けます。 

 

自分は成功できると信じる気持ち

成功した自分の姿を思い描くなどして、モチベーションを上げる。

 

この5つですね。

 

コンフォート・ゾーンってなに?っていう人もいるでしょう。心理学か自己啓発が好きな人は聞いたことあるかと思います。

コンフォート・ゾーンというのは簡単に言うと、自分が安心して行えることとか、場所とか、状況を指します。

自分の家の中は安心できますよね?コンビニに行くのに不安を感じませんよね?マンガを読むのに不安を感じませんよね?このようにそこに居ることや何かをやることになんの抵抗もないのなら、コンフォート・ゾーンの中にいると言えます。

ここでいうコンフォート・ゾーンの外へ出るとは、自分が今できることよりもう1ランク上のことに挑戦するという意味です。

コンフォート・ゾーンの外に出ろと言っても、いきなりやたら難易度の高いことに挑戦するんじゃなくて、今の自分が全力を出してできるかできないかのぎりぎりのラインがちょい上くらいに設定するんです。

 

話を戻しますね。

 

この「目的のある練習」の中身、どうですか?すっごい普通のことだと思いません?

実際、私は思いました。「なんやねん、こんなの向上心がある人なら誰でもやるだろ!」と心の中で叫びましたよ。

でもね、同時にこうも思いました。

「あれ、俺こんな当たり前のことも意識して努力したことないぞ?」って。

 

案外、皆さんもこうなってるんじゃないでしょうか。

将来作家になりたいから、とりあえず好きな小説丸写ししてみるか、とか

テニス上手くなりたいから、とりあえずテニススクールに通うか、とか

なんとなくこれをやり続けてれば、そのうち上達するって思ってません?

確かに最初はそんなふわふわした解決策でも、それなりに継続していけばそこそこのレベルには到達できるでしょう。でも、そこそこ止まりなんです。それ以上の上達は見込めないと、エリクソン氏は言っています。

 

そりゃそうですよね。

というか、こういうふわふわした策しか思いつかないのは、本気でその道を極めようと思っていないからなんですよね。

本気の本気なら、頭フル回転させて事前に上達に必要そうな要素を自分なりに考えるはずですから。

そして実行して、問題点が見つかったら修正を試みて、継続して取り組む。

もうこれをやるだけで大分違います。特定の分野の中の上くらいには上がれるでしょう。

当たり前なことを継続してやる、これは言うのは簡単だけど実行するのが難しい。だからこそ、実行できる人には相応の実力がつくわけです。

 

「目的のある練習」はこれくらいにして、次は「限界的練習」について見ていきましょう。

とは言っても、「限界的練習」も中身は「目的のある練習」と変わりません。

「目的のある練習」に2つの要素を足すと「限界的練習」にレベルアップします。

 

まず1つ目は、

対象となる分野がすでに比較的高度に発達していること(中略)楽器の演奏、バレエなどのダンス、チェス、個人および団体スポーツ、とりわけ体操、フィギュアスケート、飛び込みなど

 

スポーツなど誰かと競い合うものは、既に練習法やマインドセット、戦略、必要な栄養素など様々なデータやノウハウが蓄積されています。 だからこそ、より質の高い練習がしやすいのです。

 

そして2つ目は、

学習者に対し、技術的向上に役立つ 練習方法を指示する教師

 フィードバックは自分だけでもできますが、当然プロの視点から見てもらった方が早くて正確です。間違っている箇所が見つかればその都度修正を手伝ってくれますし、コンフォート・ゾーンの外への追い立ても巧みです。

 

これもそんなに奇をてらったことじゃないですよね。言われてみればそうだってくらいの内容です。でもこれが超重要です。スーパースターになるには、ほぼ必須の条件と言ってもいいでしょう。

 

そして、「目的のある練習」でも「限界的練習」でも、必ず必要になる要素があります。それは、自主練習の多さです。

その根拠を、エリクソン氏はベルリン芸術大学の学生を対象にした調査で示しました。バイオリン科の学生を対象に、便宜上優秀なランク順に「Sランク」(トップクラスに優秀なスーパースタ候補)「Aランク」(非常に優秀だけどスーパースターになれるほどではないレベル)「Bランク」(普通の人よりはうまいけれど、ソリストのプログラムを受験して受からないレベル)と3つに分けて、それぞれの18歳になるまでの総自主練習時間を調べました。

その結果、時間の長さは「Sランク」(平均7410時間)>「Aランク」(平均5310時間)>「Bランク」(平均3420時間)となったと述べています。

 

うまい人ほど、自主練習にかける時間が多いという結果になりましたが、ここでちょっと疑問に思う人もいることでしょう。

「でも才能とか向き不向きもあるんじゃないか?」と。

エリクソン氏は、トップクラスの実力になるのに才能は必要ないと断言しています。

それどころか、才能は努力し続けていれば後天的に身につくとまで言っています。

そう考える理由は、「自己充足的予言」があるからだと言います。

ある分野で成功できるかどうかを左右する、あるいは決定づけるのは生まれつきの才能であるという考え方は、特定の意思決定や行動につながる。生まれつき才能に恵まれていない人は絶対に成功できないという前提に立てば、何かに挑戦してすぐに適性を見せない子供は、別のことを挑戦するように促される。(中略)スポーツなどやめたほうがいいと言われた少女はテニスやサッカーで活躍することはなく、音痴だと言われた少年は楽器を弾いたり歌を歌ったりするようにはならず、数学ができないと言われた子供たちはそう思い込んだまま大きくなる。予言が自己充足するのだ。

 

これってすごく残酷なことです。物事を始めてまだ花開く時期ではないのに、先んじて誰かが「あなたには才能がないから、それはやめた方がいい」って言って芽を摘み取るんですよ。こんなの子どもが聞いたら勇気がくじかれます。子の特性を殺す行為なんですよ。子どもに限らず、大人にも当然言うべきではないんですけどね、特に子どもはマズいです。犯罪レベルでマズいですね。

もしこういうことを言ってた覚えがある方は、今すぐ改めるべきですよ。こういうのって回りまわって自分に返ってきますからね。自分が誰かの勇気をくじいたら、報復の勇気くじきが必ず訪れるものです。

エリクソン氏も、才能だけで全てが決まるという考えは残酷すぎると考えていたからこそ、努力が才能が重要だという研究を進めたんじゃないかと思っています。

 

最後熱くなってしまいましたが、結論としてこの本は、

本当に上達したい、極めてみたいと思うことが見つかった時に読む本

だと思いました。

基本的なことの重要性を、様々な研究↓調査を添えて実証しているので、分かりやすくていいですね。

素直に納得できる本です。

 

では今日はこの辺で。またお会いしましょー。

 

*1:一応この本の中に、医者たちが限界的練習を積んで技術力を高めているケースが書かれているので、あんまり深刻になる必要はないかと思いますが

ストレングスファインダー、やってみた

 

さあ、才能(じぶん)に目覚めよう 新版 ストレングス・ファインダー2.0

さあ、才能(じぶん)に目覚めよう 新版 ストレングス・ファインダー2.0

 

 (いつの間にか新版が出るらしい)

 

ストレングスフィンダー。

それは、当たりまくると評判の自己分析法。

私自身、この本はだいぶ前に読んではいたのだが、肝心のテストをしていなかったことが発覚。早速取り掛かり、結果が出た。

 なので、この記事に投下しておく。

書籍のコードで受けられるテストでは、自分の持つ特性上位5つが診断される。

 

まずは1つ目、「内省」

あなたは考えることが好きです。あなたは頭脳活動を好みます。あなたは脳を刺激し、縦横無尽に頭を働かせることが好きです。あなたが頭を働かせている方向は、例えば問題を解こうとしているのかもしれないし、アイデアを考え出そうとしているのかもしれないし、あるいはほかの人の感情を理解しようとしているのかもしれません。何に集中しているかは、あなたのほかの強みによるでしょう。一方では、頭を働かせている方向は一点に定まっていない可能性もあります。「内省」の資質は、あなたが何を考えているかというところまで影響するわけではありません。単に、あなたは考えることが好きだということを意味しているだけです。あなたは独りの時間を楽しむ類の人です。なぜなら、独りでいる時間は、黙想し内省するための時間だからです。あなたは内省的です。ある意味で、あなたは自分自身の最良の伴侶です。あなたは自分自身にいろいろな質問を投げ掛け、自分でそれぞれの回答がどうであるかを検討します。この内省作業により、あなたは実際に行っていることと頭の中で考えて検討したことと比べた時、若干不満を覚えるかもしれません。あるいはこの内省作業は、その日の出来事や、予定している人との会話などといったような、より現実的な事柄に向かうかもしれません。それがどの方向にあなたを導くにしても、この頭の中でのやりとりはあなたの人生で変わらぬもののひとつです。

 

2つ目、「収集心」

あなたは知りたがり屋です。あなたは物を収集します。あなたが収集するのは情報――言葉、事実、書籍、引用文――かもしれません。あるいは形のあるもの、例えば切手、野球カード、ぬいぐるみ、包装紙などかもしれません。集めるものが何であれ、あなたはそれに興味を惹かれるから集めるのです。そしてあなたのような考え方の人は、いろいろなものに好奇心を覚えるのです。世界は限りなく変化に富んでいて複雑なので、とても刺激的です。もしあなたが読書家だとしたら、それは必ずしもあなたの理論に磨きをかけるためではなく、むしろあなたの蓄積された情報を充実させるためです。もし旅行が好きだとしたら、それは初めて訪れる場所それぞれが、独特な文明の産物や事柄を見せてくれるからです。これらは手に入れた後、保管しておくことができます。なぜそれらは保管する価値があるのでしょうか? 保管する時点では、何時または何故あなたがそれらを必要とするかを正確に言うのは難しい場合が多いでしょう。でも、それがいつか役に立つようになるかどうか誰が知っているというのでしょう。あらゆる利用の可能性を考えているあなたは、モノを捨てることに不安を感じます。ですから、あなたは物や情報を手に入れ、集め、整理して保管し続けます。それが面白いのです。それがあなたの心を常に生き生きとさせるのです。そしておそらくある日、その中に役に立つものが出てくることでしょう。

 

3つ目、「原点思考」

あなたは過去を振り返ります。そこに答えがあるから過去を振り返ります。現在を理解するために、過去を振り返ります。あなたの見方からすると、現在は不安定で、訳の分からない喧騒が入り乱れています。現在が安定を取り戻すには、過ぎ去った時、つまり計画が立てられたときに心を向けてみる以外方法はありません。過去は今よりわかりやすく、計画の基礎が築かれたときです。振り返ると、計画の原型が現れるのがみえてきます。そしてあなたは、初めの意図が何であったのかを知ります。この原型、あるいは意図はあまりにも飾り立てられてしまって、本来の姿がほとんど認識できなくなっていますが、この原点思考という資質によって、これらが再び現れます。このようにして原型や意図を理解することは、あなたに自信を与えます。あなたは元々の考え方を知っているので、もはや方向を見失うことなく、より適切な判断を下すことができます。仲間や同僚がどのようにして今のようになったかを知っているので、あなたはより一層彼らの良きパートナーとなります。過去に蒔かれた種を理解しているために、あなたは自然に将来をよく見通すことができるようになります。初対面の人や新しい状況に直面すると、慣れるのにある程度の時間を必要とするでしょう。しかしその時間を取ることを心掛けなければなりません。あなたは原型が表面に浮かび上がるような質問をかならずするように心がけなければなりません。なぜならば状況がどうであれ、過去の原型を見たことがなければ、自分の決断に自信が持てないことになるからです。

 

4つ目、「最上志向」

優秀であること、平均ではなく。これがあなたの基準です。平均以下の何かを平均より少し上に引き上げるには大変な努力を要し、あなたはそこに全く意味を見出しません。平均以上の何かを最高のものに高めるのも、同じように多大な努力を必要としますが、はるかに胸躍ります。自分自身のものか他の人のものかに関わらず、強みはあなたを魅了します。真珠を追い求めるダイバーのように、あなたは強みを示す明らかな徴候を探し求めます。生まれついての優秀さ、飲み込みの速さ、一気に上達した技能――これらがわずかでも見えることは、強みがあるかもしれないことを示す手がかりになります。そして一旦強みを発見すると、あなたはそれを伸ばし、磨きをかけ、優秀さへ高めずにはいられません。あなたは真珠を光り輝くまで磨くのです。このように、この自然に長所を見分ける力は、他の人から人を区別していると見られるかもしれません。あなたはあなたの強みを高く評価してくれる人たちと一緒に過ごすことを選びます。同じように、自分の強みを発見しそれを伸ばしてきたと思われる人たちに惹かれます。あなたは、あなたを型にはめて、弱点を克服させようとする人々を避ける傾向があります。あなたは自分の弱みを嘆きながら人生を送りたくありません。それよりも、持って生まれた天賦の才能を最大限に利用したいと考えます。その方が楽しく、実りも多いのです。そして意外なことに、その方がもっと大変なのです。

 

5つ目、未来志向

「もし・・・だったら、どんなに素晴らしいだろうなぁ」と、あなたは水平線の向こうを目を細めてみつめることを愛するタイプの人です。未来はあなたを魅了します。まるで壁に投影された映像のように、あなたには未来に待ち受けているかもしれないものが細かいところまでみえます。この細かく描かれた情景は、あなたを明日という未来に引き寄せ続けます。この情景の具体的な内容―より品質の高い製品、より優れたチーム、よりよい生活、あるいはよりよい世界―は、あなたの他の資質や興味によって決まりますが、それはいつでもあなたを鼓舞するでしょう。あなたは、未来に何ができるかというビジョンがみえ、それを心に抱き続ける夢想家です。現在があまりにも失望感をもたらし、周囲の人々があまりにも現実的であることがわかった時、あなたは未来のビジョンをたちまち目の前に呼び起こします。それがあなたにエネルギーを与えてくれます。それは、ほかの人にもエネルギーを与えます。事実、あなたが未来のビジョンを目に浮かぶように話すのを、人々はいつでも期待しています。彼らは自分たちの視野を広げ、精神を高揚させることができる絵を求めています。あなたは彼らのためにその絵を描くことができます。練習しましょう。言葉を慎重に選びましょう。できる限りその絵をいきいきと描きましょう。人々はあなたが運んでくる希望に飛びつきたくなるでしょう。

 

……うん、「内省」「収集心」「最上志向」はものの見事に当たっている。

私の性格は、この診断結果も踏まえて簡単に言うと、内向的で読み書き大好きの完璧主義者なのだ。このテストの信憑性は一定以上はあるのだと思わせる。

意外だったのがこの「原点思考」と「未来志向」だ。

私自身、普段は過去とか未来はそんなに意識しているつもりはなかったのだが……いや、今となっては将来やりたいことは何かを考えることも多くなってきたから、未来志向っぽさは言われてみれば出ているのかもしれない。

しかし、過去にはそこまでこだわっているわけではないのだが、無意識下で意識しているのだろうか。

 

まあこんな感じで、自分が何となく感じている性格や、自分も知らなかった意外な一面を発見できるのがこのテストである。

巷であふれかえっている性格診断テストとは違ってとても本格的なので、一度受けてみると面白いと思う。

 

最後に、ストレングスファインダーのテストの受け方も書いておく。

 

①以下の3つのうちどれかの本を新品で購入する。

(※中古だとそもそもコードが書いてある紙がなかったり、既にコードが使われているので、本は絶対新品で購入すること!)

 

さあ、才能(じぶん)に目覚めよう 新版 ストレングス・ファインダー2.0

さあ、才能(じぶん)に目覚めよう 新版 ストレングス・ファインダー2.0

 

 

 

ストレングス・リーダーシップ―さあ、リーダーの才能に目覚めよう

ストレングス・リーダーシップ―さあ、リーダーの才能に目覚めよう

 

 

 

心のなかの幸福のバケツ

心のなかの幸福のバケツ

 

 

②↓のストレングスファインダー公式ページへアクセス(日本語版切り替えがページ上部にある)。

Clifton StrengthsFinder

 

新規ユーザーとして登録するにはここをクリックをクリックし、本にあるアクセスコード、ユーザーID、パスワードを入力していく。

 

「サインインするにはここをクリック」をクリックし、先程登録したユーザーIDとパスワードを入力してサインインする。

 

⑤テストを受ける

注意点として、

 

受ける時間を40分は確保する

直感で悩まずに答える

2つの選択肢どちらも当てはなるなら、「どちらでもない」を選ぶ

 

この3つを守ること。でないと、診断結果に支障をきたす。

 

ではまた、次の記事で。

 

 

文はライトな本なのに、どの言葉も「重い」/小池一夫『ふりまわされない。』『「孤独」が人を育てる』

 

 

 

 

 

ツイッターでも精力的に活動している小池一夫さん。

彼のつぶやきは、人生に役立つものばかりである。

 

この2冊は、そんな小池氏のツイッターの発言を主にまとめたものだ。

なので、買うかどうかの判断は、氏のツイッターを見て判断するのがいい。

気に入ったのなら、この本は間違いなく買いだ。

小池氏のファンが主に買うのだろうが、これは万人が読むべき本だと思っている。

なぜかというと、とても読みやすいのに一文一文が人生の確信をつくものばかりだからだ。

自己啓発本があふれる中、この2冊は確実にトップクラスの出来に入ると確信している。

親しみやすさを感じる文章で好感が持て、内容は短く単純。そんなに難しいことは書かれていない*1。本自体も数時間もあれば読み切れるあっさりさを持っていながら、どの言葉もずっしりと心に来る。これが御年80で年を「重ねて」いった人の言葉の重みなのだろうか。どれも今すぐ使いたいものばかりだ。

私なんか、大事そうな箇所をマークしていったら、2冊ともマーカーだらけになってしまった。自己啓発本でこんなことになったのはアドラー心理学以来だ。

 

この2冊、私はアドラー心理学と自然に比較することがよくあったのだが、両者には通じるところが結構多い。『嫌われる勇気』が極端な論理でダメだったという人は、こちらの2冊に手を出すと幸せになれるかもしれない。

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

 

これらの本を私なりに一言でいうなら、「軽くて重い」だ。

そんなパラドキシカルな小池氏の著作であった。

 

「自分の親や教師や上司の感情の都合に振り回されない」と悟るのは、早ければ早いほうがいい。世の中には、自分の感情の都合で態度を変えるものは大勢いて、それは自分の責任ではない。それによって自分は振り回されないのだ、と気付くのに早過ぎるということはない。『ふりまわされない。』(p155)

 

時間は使え、時間に使われるな。一日が薄い一枚の紙だとしたら、一生は一冊の本だ。時間を空費して、空白だらけの本を作ってはいけない『「孤独」が人を育てる』(p106) 

 

*1:実行するのは別だろうが

自分のコア・パーソナル・プロジェクトを考えてみた

 

内向型人間のすごい力 静かな人が世界を変える (講談社+α文庫)

内向型人間のすごい力 静かな人が世界を変える (講談社+α文庫)

 

 

この本の中に気になる部分があった。

 

ざっくり言うと、大人しい内向型の人でも自分にとって非常に重要度が高い事柄(趣味や関心のあることを思い浮かべてくれると分かりやすい)に関わると、自分の特性を突き抜けて行動することができる(このような環境を「コア・パーソナル・プロジェクト」と呼ぶ)ということらしい。

 

そして、このコア・パーソナル・プロジェクトを見つけるための方法がこの3つだ。

 

1.子どもの頃に大好きだったことを思い返す

2.自分がどんな仕事に興味を持っているかを考える

3.自分が何をうらやましいと感じるかを考える

 

というわけで、考えてみた。

 

 まず、1.子どもの頃に大好きだったことを思い返す

 

・テレビゲーム=ひとりで遊ぶのが好きだった?

友達と遊ぶのが好きだった?(当時も気心知れた友達とばかり遊んでいた)

どんどんうまくなっていくのが好きだった?

一人で黙々とやれるから好きだった?

 

 ・カードゲーム=少数の友達と遊ぶのが好きだった?

いい戦略、いいカードを考えるのが好きだった?

効率を考えるのが好きだった?

 

小中学生の時は、外で遊ぶより、こういったインドアかつ少数で遊べることが好きだった。ゲームの好きなジャンルはRPG。当時から、ひとりで黙々とゲームをすることが大好きだった。

カードゲームをやっていたのは、友人間で流行っていたからだ。思えば一対一でコミュニケーションをするゲームなので、そっちの方が自分の性分に合っていると無意識に判断していたのもあるかもしれない。

 

次、2.自分がどんな仕事に興味を持っているかを考える

 

・本の執筆

 

・ブロガー

 

・記事の寄稿

 

会社でみんなで働くというよりも、一人で黙々とできる仕事を今でも望んでいる。

今はできなくても、将来的には必ずそういうことで食べていきたい。

特に、文章を書くことや文字を打つことに慣れ親しんできたせいか、執筆業やブロガーには強いあこがれを抱いている。

文章で食っていく人になりたい……と言いたいが、実は自分一人で自由に取り込めることなら、何でもいいのかもしれない。

とにかく、会社に一生勤めるというヴィジョンがないのは明白なのだけど。

 

最後、3.自分が何をうらやましいと感じるかを考える

 

・会社に所属しないで生きていくこと

・人生の大半を自分のやりたいことに費やしている人

・「こうなりたい」という明確な目標がある人

・印税生活

 

……うん、この項目で自分の欲望がにじみ出ているのが分かる。 

要は不労所得を得つつ、好きなことして生きていきたいというわけだ。

不労所得を得るためには、そのために膨大な時間と労力が必要だというのに。なんとも矛盾している。

 

ということで、結論は

 

湧いて出てきたカネで本読んでゲームしてブログ書く生活がしたい

 

でした。ちゃんちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……もうちょっと落としどころを探らないとダメそうだな。もう少し深く考えておこう。

 

【読書感想】抽象の世界へようこそ/清水幾太郎『論文の書き方』

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この本、実用書というよりは著者一個人の経験や考えをまとめたものになっているので、論文を書く具体的な方法がわんさか書いてあるわけではない*1。そこだけは注意してほしい。

 

著者の清水幾太郎は、昭和の時代を生きてた人で、社会学者だった……らしい。

私自身、この本で初めて名前を知ったので、詳細なことはよく知らない。

ウィキペディアを張ってやり過ごすとしよう。

 

清水幾太郎 - Wikipedia

 

自由な感想を自由な長さで書くという方法は、あまり文章の修行には役立たない。むしろ初めは、こういう自由は捨てた方がよい。要するに、文章の修業は、書物という相手のある短文から始めた方がよい、というのが私の考えである。(p9,p10) 

 

自由に書けと言われても、型を習っていなければ途方に暮れる。

いくらでも好きに書けと言われると、まとまりがなく文字数稼ぎの文章になりがちだ。

いきなり長文が書ける人は少ない。まずは背伸びしすぎず、短くて簡単な文章の型で書いていくのがいいだろう。

 

文章を書く際は、イメージや思いつきが必要だ。イメージが文章全体の設計図だとしたら、思いついていく観念はその部品である。イメージが観念を生み、新たな観念がイメージを塗り替えていく。これを何度も何度も繰り返すことが重要だと著者は考えている。だからこそ、まずは部品を作る練習から、つまり短文を書くことを勧めるのだ。

 

いざ論文を書くことになったら、自分の意見や見解を盛り込まなくてはならない。たとえ誰かに批判されそうでもであってもである。ただ事実を羅列して、他の本の言葉を引用してという調子では、まるで大学生が単位取得のために文字数稼ぎをした卒論みたいになってしまうことだろう。

そんな及び腰では、何も伝えることはできない。誰にも嫌われたくなくて口をつぐむようなものだ。そんな文章は誰にも批判されないどころか、書いた本人の評価をも失墜させかねない。

大いに自分の考えを盛り込んで、批判されるときはコテンパンにされればいいのである。そこから必ず学ぶことがあるはずだから。

 

文章を書くというのは 、ロゴスと固く手を握るということ、即ち、言葉を使い、論理を重んずるということである。(p108)

 

文章の強みとは何なのだろうか。他のメディア、テレビやラジオと比較すれば分かりやすいだろう。

それは、抽象的なことを深く追求して、掘り下げることができる点にある。例えば、綿密な描写表現、複雑な因果関係の説明、心情描写なんかは文章が適している。私たちの頭の中にあるぼんやりとしたイメージを、緻密に、詳細にアウトプットするとなれば、書くことが一番手っ取り早い*2

 

このこと念頭に置き、清水幾太郎は文章でしか表現できないものを提唱した。それは未来であった。

彼はテレビの存在を非常に注目していた。当時のテレビは、今以上に存在感があったことだろう。スイッチを入れて画面を見れば、映像の世界へ私たちは誘われる。何もしなくても、映像が様々な情報を一方的に提供してくれる。受動的に情報を得られるというのはとても楽だ。自分で読み進めなくてはならない文章と比べれば、手軽さは段違いだ。

ならば、文章はこれからどういった役割を担えばいいのだろうか。清水氏は、テレビが過去と現在しか表現できないこと指摘し、テレビにできないことを文章で表現すべしとしたのだ。

 

未来は文章によって把握され、表現されねばならない。映像の意味は文章にある。いかにテレヴィジョンが発達しても、未来というものを信ずる限り、私たちは今後も文章を書き続けて行かねばならないであろう。(p223)

 

私自身、文章にはもう一つ大きな特徴があると思う。

それは、誰でも書けて、平等であるということ。

テレビとは違って、文章を書くのには大掛かりなセットは必要ない。自分が書きたいと思えば、誰にでも書けるという平等さは注目したい。

こういうブログやSNSなんかは、文章を書くのにはうってつけだ。

文章を書くのに身分や場所やお金は必要ない。いつでもどこでも、自分だけの抽象を表現できるのだ。

 

あなたも、抽象の海を泳いでみませんか。

 

 

論文の書き方 (岩波新書)

論文の書き方 (岩波新書)

 

 

*1:新書に実用書としての側面を求める人はそうそういないだろうが

*2:ものすごくスキルの高い絵描きの人ならば、絵で表現する方が簡単なのかもしれない。ゴッホとか

【読書感想(後編)】「好き」を続けて、現状から抜け出せ/Rootport『失敗したら即終了!日本の若者がとるべき生存戦略』

 

rustyautomata.hatenadiary.jp

↑の記事の続きです。

 

 

「一体何を目指して生きたらいいのかわからない」

「なぜこんなに世の中は不公平なんだ」

「安定したレールなんてどこにもないじゃないか」

「大企業に勤めて、20代後半で結婚して、30くらいで子供を授かって、ローンを組んで一軒家、定年まで勤めあげて年金生活……そんなの幻想じゃないか」

 

そう、私たちの世代には明確なレールなんてものが存在しない。

もっと言えば、「物語」がない。この変化が激しい世の中で、安定という文字は不透明になり、「普通の生き方」というものが分からなくなってきている。

でもこれだけは多くの人が薄々気づているのではないだろうか。安定なんてものは幻想だ、と。

 

 物語を喪失した時代に生きる私たちは、自分の物語を自分で作らなければならない。どんな生き方をすれば「いい人生」と呼べるのか、自分にとってのしあわせ何か、自分で考えなければならない。もしも「正しい生き方」があるとしたら、何が正しいのかを考えることだろう。考え続けることだろう。 p10

 

 

 AIの発展、生きづらい社会

 

 

自分の人生は自分で創り上げるもの。

そうは言っても、不安要素が多すぎる。

終身雇用制度の崩壊、ブラック企業長時間労働、技術革新からの人件費削減、労働者側からしてみれば、先行き不透明な要素が多く出てくる。

特にAIの発達には注目すべきだと思う。これから単純労働はどんどんAIに置き換わる。

ランニングコストは人間より格安、しかもミスなく作業をこなせるとなれば使わない手はない。これからは、単純労働で食べていくのはどんどん困難になっていく。

 

diamond.jp

 

f:id:Rustyautomata:20170408180117j:plain

 

AIの可能性には目を見張るものがある。絵を描いたり、執筆といった創作活動までこなせるようになると言われているほどだ。

100年後200年後にはもしかしたら、AIが仕事の大半を担っているのかもしれない。

そういう時代に私たちは生きているのだ。

 

ならば、AIが完全に普及した世の中だとしたら、私たち人間の役割はどのように変わっているだろう。

私個人としては、娯楽、スポーツ、創作活動といった文化的な活動が盛んになるのではないだろうかと思っている。

なぜなら、過去の歴史で似たような事例が起きていたからだ。

紀元前の時代、ギリシャ奴隷制を布いていたころ、奴隷が大半の仕事をしていた時代に哲学は生まれた。なぜか?それは支配者層が時間を持て余していたから。アルケーを探求するようになったのは、暇つぶしのためという側面がある。

きっと未来でも、人はなにかを追求して生きていく時代になっているだろう。

 

……こういう結論に持っていってもよかったのかもしれないが、遠い未来の話より今後60年70年、どう生きていけばいいかを探るのが肝要。話を進めよう。

 

AIの進歩もそうだが、現在の社会は何となく生きるだけの人には不親切な設計だ。働くのはそこそこにして、給料は多くなくてもいいけど早めに帰ってスマホいじっていたい、なんていう考えは許さないとばかりに世間は勤労を強いてくる。

しかも厄介なことに、道がそれしかない。いや厳密には他にも道はある*1のだが、目につきずらくしかも荒れ果てた道である。それに比べ、40年勤労*2の道は広くて舗装されている。ご丁寧に案内役の人*3がいるのも珍しくない。しかしこの道、舗装されているのは最初だけ、少し進めば穴ぼこが出てきて、進めば進むほど損傷が激しくなり*4、とても進めなくなる……なんてことが珍しくないのだ。

ただ会社で働くだけでは息苦しい、でもほかに道がない、どうしようもない……この大きすぎる問題を解決するには、どうすればいいのだろうか。

 

 

 変わるべきなのは自分、動くのも自分から

 

 

Rootport氏の答えは単純明快だった。

それは、できることを増やして重ね合わせること。

そして、好きを極めること。

 

“できること”のリストをどんどん長くしていけばいい。交換不可能な人になるっていうのは、そういうことだよ p49

 

「私が言いたいのは、何もしなくてもいい時にしていることを仕事にすべきってことだよ。そういうモノなら、いくらでも続けられる。いくらでも上達できる(中略)そして、いつか群を抜くことができる」 p51

 

 

 つらいこと、興味のないことは、耐えることはできたとしても、自分の強みには昇華されづらい。ただ賃金を獲得するために、40年間興味も関心もへったくれのないことを仕事にして、人間関係に耐えて、残業に耐えてだなんて、あまりにもむごい人生ではないか。

せっかく生まれたのだから、せめて自分のやってみたいことを納得いくまで追求したい。このような思いは誰でも抱いたことがある感情だ。しかし、その道はいばらの道だと、両親から、先生から、友達から、ネットから、様々な人から耳タコになるまで聞かされて、勇気をくじかれる。安定した道を歩めと、事あるごとに指示してくる。

しかし現状を見てほしい。働いてる人々の苦痛の叫びはそこらじゅうに響いている。その苦痛の声は種々様々だ。

上げられている声は、労働のシステムがほころんでいるという証明。

おかしな労働システムを改善しようという動きはあるにはあるが、その動きは鈍いと言わざるを得ない。

 

www3.nhk.or.jp

 

最近になって、ようやく時間外労働の上限が規制されようとしている。

この動き自体は歓迎されるものであろうが、「ようやくかよ」というのも正直な感想だ。

制度が変わるのには、とても時間がかかる。40年勤めきったところで、ようやく今よりマシな労働環境が整っているのかもしれないが、それでは意味がない。

苦痛な日々から脱したいなら、自分が変わるしかない。社会が変わるのを待ってはいけない。それでは遅すぎるから。

 

 

変わるための方法

 

 

 変わるって言っても、何から手を付けたらいいのだろう。

個人的にオススメする方法は2つ。

1つは、1日5分でもいいので気になっていることや好きなこと取り組むこと。

できれば毎日、なるべく継続してやるのが好ましい。

毎日やることで、自分の中の「意欲のスイッチ」をONにする習慣を身につけることだ。継続していけばいくほど、やれることが増えていくだろう。それが積み重なって自分だけのスキルとなるのだ。

すぐにはモノにならなくても、単純に好きなことをやっているだけでも至福の時だ。気づきもどんどん出てくる。もしかしたら、これで食っていく道が見えてくるのかもしれない。

0.1%の成長でも、10年20年と続ければ、凄まじい数値となる。背伸びしすぎず、スロージョギングのごとく楽に楽しく走れるペースで、駆け抜ければいい。スモールステップを強く意識することが肝要だろう。

 

もう1つは、気になることには投資を惜しまないこと。

人間、お金をかけたものには真剣になれるものだ。無料でもらう本よりも、自分で買った本の方がいろんな意味でよく読める。投資は多ければ多いほどいい。後戻りができなくなって覚悟が決まりやすくなる。

本を買い込む、教室に通う、有料のグループに参加する、いい道具を買う……何でもいい。自分が成長できると思える要素があれば、財布の許す限りお金をつぎ込むのだ。それほどまでに真剣に腹をくくれば、必ず見えてくるものがある。現状を打破できる何かを、見つけることができる。

 

目の前のパソコンをよく見てほしい。スマホをよく見てほしい。生産手段はもはやタダ同然で手に入るではないか、このことはもっと真剣に考えていい p104

 

お小遣い稼ぎ程度の副業から始めてみればいい。(中略)趣味で始めた副業が、やがて充分な利益収益をもたらすかもしれない。そうなれば、もはや会社の言いなりになる必要はない。自由を害するような要求をされたときは、胸を張って応えればいい。そんなん言うならやめます、と。 p105

 

大事なのは自分の可能性を信じることだ。信じないことには、何も始まらないのだから。

 

 

失敗すれば即終了! 日本の若者がとるべき生存戦略

失敗すれば即終了! 日本の若者がとるべき生存戦略

 

 

 

*1:起業、フリーランス、フリーター、ネットビジネス、トレーダーなど

*2:通称、懲役40年

*3:両親や学校の先生など。会社勤務以外の道に進もうものなら、だいたい反発される

*4:端的に言えば、労働によって心が濁ってくる状態。進行の度合いは人それぞれ

僕らが「賢く」ならなければ、状況は変わらない/報道のあり方を変えるには

kyoukai.xyz

 

 

mistclast.hatenablog.com

 

 

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「最近、テレビの質が下がったよね」

「マスコミはロクな記事を書かない」

 

ネットやSNSが発達して以来、こういう言葉をよく聞く。

この原因は、突き詰めていくと私たち大衆側にあるのではないだろうか。 

 

 

質が低くても見てくれる

 

テレビは出るものであって、見るものではない(池上彰

 

 

おそらく一般の人よりかは聡明であろうはてな民からすれば、マスコミの報道を真に受けるのは愚かなことだと思っている方が多いだろう。

しかしちょっと考えてみてほしい。今テレビをよく見るのはどんな人なのか?

ビジネスマン、専業主婦、高齢者 おそらくこのあたりだろう。

 

ビジネスマンは、日々仕事で忙しいので、報道の意図や裏を考える時間がない。

専業主婦は、ご近所の話のタネになればいいので、意図についてはどうでもいい。

高齢者は、脳の老化による判断力の低下で、物事の裏側を客観的に考えられない。

 

今テレビを見ている人は、報道に含まれる意図や背景を考えられない、あるいは考える必要がない立場にあるのだと思う。

テレビを見ている層は、私たち若者よりも中高年の人が多くを占める。

その中高年の人たちは、今の報道のやり方を受け入れてしまっている。だから質の低い報道でもまかり通ってしまう。

テレビを見ている人たちが意識改革をして、今のマスコミのあり方にNOと言わない限り、現状は変わらないだろう。

 

 

それでも僕らが声を上げるしかない

 

 

今のテレビの報道のしかたを「今すぐ」変えることは、さっきも述べた通り困難なことだろう。

しかし、「今すぐ」変えることはできなくても、これから変えていくことができる。

私たちがNOと言い続ければいい。

10代~30代の若い世代が、今のマスコミのやり口に疑問を持ち続けていれば、将来的にマスコミも報道のやり方を変えざるを得なくなる。私たちが人口の中心を占める中高年となった時にも、マスコミのやり口を監視する立場を貫いていれば、安易な報道はできなくなる。

 

報道されたことを鵜吞みにせず、まずは疑う、裏を取る、背景を探る……

こういった考え方を身につけるためには、若い今からだ。

年を取ってからでは遅い可能性が高い。今のテレビを見てる人たちを見れば察しがつく。

今身につけておけば、「賢く」なっておけば、マスコミに振り回されずにすむ。彼らの思うツボにならなくてすむのだ。

 

マスコミの報道に振り回されるのは、非常に不自由だ。報道されたことから取捨選択し、自分なりの解釈を探し出す能動的な姿勢を取り続けることで、マスコミの質も上がるのではないだろうか。

 

なぜ人類は賢くなる必要があるのだろう。なぜ、バカのままではいけないのだろう。それは自由が、自主・自律とセットだからだ。そして「民主主義」が啓蒙とセットだからだ。私たち一般大衆が賢くならなければ、自由も民主主義も成立しない。(中略)支配されずに生きるためには、賢くならなければならない。そして民主主義は、大衆がバカなら簡単に衆愚に陥る。だから人類は賢くなり続けなければいけない

『Rootport 著/失敗すれば即終了!日本の若者がとるべき生存戦略』 p228

 

ただ情報を受け取る「受動」から、自ら意味を考える「能動」へ、切り替えていこう。

 

 

失敗すれば即終了! 日本の若者がとるべき生存戦略

失敗すれば即終了! 日本の若者がとるべき生存戦略