YOUは何しに早朝の住宅街へ?
2019/10/24(木)
朝7時過ぎ、いつも通りA駅へ向かって出勤する途中、前方から男が歩いてきた。
身長170cm程度、黒い短髪、黒のジャンパーを着て、そり残しの髭を口元に生やしている。
僕とその男の間隔が30mを切ったあたりから、男は僕の方に向かって真っすぐ歩いてきた。
無言で、アイコンタクトも「Hi!」みたいなジェスチャーもなしに。
こいつはもしかしてナイフとか隠し持っているヤツなのだろうかと一瞬不安な気持ちを抱いたものの、結局普通に歩くことにした。
男と僕が向かい合う。
男が手に握っていたものは……スマホだった。
彼がスマホを目の前に出し、よく分からない中国語を話す。
これで置かれた状況がはっきりしたわけだ。国際交流(道案内)だ!
さて、肝心の内容は……
「トイレはどこですか」
なるほど。
中国人の彼の顔は冷静そのものだが、実は水面下でダム決壊の危機を察知しているようだ。
生まれた国は違えど、シモの恥を晒したくないのは国際的に共通だということはよく分かった。
今いる周辺は住宅街だが、幸いにも近くにファミリーマートがあるので、早速そのことを彼に伝えた。もちろん日本語で。
僕「(場所を伝える)」
中国人「……」
僕「……」
バッドコミュニケーション。
言語の壁は厚く、僕らを完全に分断していた。
彼は最初からこうしておけばよかったと諦念を表すように再度スマホを取り出し、画面のマイクボタンを押す。
すると、画面上に無数の緑の小さい四角形が不規則に揺れた。
僕はその不思議な動きに見とれてしまったのだが、彼が「話して」というようなジェスチャーをしたので、我に返ってスマホに喋りかけた。
すると、中国語の文章が表示された。
どうやら翻訳は成功したらしい。
彼が軽く会釈をしたので、こちらも会釈を返し、その場で別れた。
……はてしかし、中国人の彼は朝7時前からこんなところに何をしに来たのだろうか。
この周辺はただの住宅地であり、歩いていける範囲には遊べるところや有名スポットなんてない。
それに、ここで鉢合わせたということは、彼はA駅から20分程度かけて歩いてきたということだ。バスやタクシーを使わすに、である。
東京の下町探索でもしに来たのだろうか、はたまたこの近くに友人の家があるのだろうか……理由がさっぱりわからない。
身なりは普通に出かけるような格好だったので、建設現場の助っ人ではないだろう。
そんなことを考えながら、彼が無事にトイレに辿り着けるように祈りつつ、僕も歩き出したのだった。